繭毛羽とは
お蚕さんが蔟(まぶし・蚕が繭をつくる場所)に、一番最初に吐き出す「足場用の繊維」のこと。

段ボール製。格子のひとつひとつにお蚕さんが入って繭を作ります。(写真では床に置いていますが、使うときは宙吊りです)
お蚕さんは基本上に登る習性があり、上部に多数集まってしまったときには、お蚕さん自体の重みでゆっくりと回転して天地が変わり、お蚕さんがうまいことくまなく格子の中に入るようにできています。

繭そのものは製糸所さんへ出荷されますが、その前に蔟と繭を繋いでいる繊維や繭の表面に残っている繊維を掃除して取り除きます。(これが繭毛羽)
「絹」として単独で使うには難点が多いため、これまでは出荷前に取り除かれ、廃棄されてきた素材です。(養蚕農家側で焼却処分してきた、とうかがっています)
引きちぎられているため繊維長は短く、また長さも一定ではありません。
とてもセリシンが多く、精錬すると重さは半分くらいになります。
土砂やほこり、蚕の糞、食べた桑の葉のかけらなどが混じっていることがあります(当方でできる限り除去しています)。
以下、2020年に「アシザワ養蚕」芦澤洋平氏に共有したテストデータのまとめです。
◆繭毛羽と、羊毛との組み合わせについて◆
染色、紡ぎのテストパターンは別紙のとおり。ウールは豪州産メリノ60’sを使用。
※テストパターンの構成は若干整理が甘いのですが、大目に見ていただけると助かります



<<精練について>>
・初回
財団法人日本真綿協会発行「真綿と紬」を参照し、毛羽31.5gを事前に30分ぬるま湯で湿潤した後、毛羽重量に対して3%のセスキ炭酸ソーダ(0.9g)を溶かしたお湯1.5Lで30分煮沸。
湯から引き揚げた後、薄い酢酸溶液で中和。水洗いの後脱水。
31.5g→17.5g(45%減)
→ 汚れが残り全体的にくすんだ印象。やはり洗浄成分があったほうがいいかもしれない。
・二回目
大阪市立大学家政学部による絹染色についての論文(https://core.ac.uk/download/pdf/45286705.pdf・リンク切れ)を参考に、少しパラメータを変更。
30gの毛羽に対し、事前の湿潤なし、2Lの水、セスキ炭酸ソーダ2g(1g/L、毛羽重量に対して6%)、練りモノゲン5g(2.5g/L、毛羽重量に対し16%)。
水にセスキ炭酸ソーダと練りモノゲンを投入し、加熱開始。40度くらいのぬるま湯になり、練りモノゲンが溶け切った時点で毛羽投入。
とたんに水にとろみがつき、重くなる。
毛羽をまんべんなく浸すため(事前に湿潤していないので)割りばしでかき混ぜる、内側からひっくり返す、などを繰り返しつつ加熱。
沸騰したあたりでお湯に透明感がでてくる。吹きこぼれないよう火を少し弱め、そのまま5分ほど加熱。引き揚げて水洗い(5回ほど水を替える)。脱水、ほぐして乾燥。
30.0g→16.2g(46%減)
<<精練を2回やってみて>>
・煮沸時の手間は増えるが、事前の湿潤は必須ではないかも(しなくても結果に差異があまりない)。
ただ「水でも落ちるくらい有り余っているセリシン」を事前に少しでも落とす、という意味はあるかと思う。
・セスキ炭酸ソーダの濃度をほぼ倍にしたが出来上がりの毛羽重量にあまり差がない。
セリシンにも種類があり、繭の外側ほど水に溶けやすいセリシンⅠ、Ⅱが多いと「真綿と紬」に記載されていたので、セスキ炭酸ソーダを使うのであれば毛羽重量に対し3%でOKかもしれない。
(セリシンを落としすぎる「過精練」という状態もあるそうだが、素人目には判断できず)
参考までに、各物質のpH値は以下の通り:
- 苛性ソーダ:pH14(強アルカリ性)
- セスキ炭酸ソーダ:pH9.8(弱アルカリ性)
- 重曹(炭酸水素ナトリウム):pH8.2(弱アルカリ性)
※中性はpH7。
苛性ソーダは若干入手困難。購入時に免許証などの提示を求められる。個人で石鹸作りなどされたことのある方は持っているかもしれない。セスキ炭酸ソーダは「エコお掃除」ブームで、薬局でもすぐ手に入るようになった印象。
酸性染料で染める場合、絹はpH5あたりが適当。羊毛は4〜6くらい。
<<なぜ練りモノゲンを使ったか>>
刈り取った羊毛(原毛)を洗うのに使うので「手紡ぎ愛好家の家にたいていある」洗剤のため。
羊毛に不着している汚れや脂(化粧品にも使われるラノリン)を落としやすく、羊毛へのダメージが少ない。
今回はセスキ炭酸ソーダで精練し、毛羽に不着している汚れをモノゲンで落とす、という考えで使用。また弱アルカリ性なので精練の邪魔もしない。
◇モノゲン(合成洗剤)
繊維工業用薬剤
各種繊維の精練洗浄剤
弱アルカリ性(pH7~8)
陰イオン系界面活性剤29%、高級アルコール硫酸、エステルソーダ
<<染色について>>
・未精練で染める
未精練のものはぬるま湯(40度前後)に浸した時点でぬるぬるしてくる(セリシンが溶けてくる)。
動物性繊維を染めるのに酸性染料を使うので、助剤として酢酸を投入している(なので染め液は酸性)。が、セリシンは溶けだしてくる。
毛羽がつかるくらいのごく少量の酢酸溶液に入れ、湯で溶いた染料を落として加熱したところ、糊のようなねばねばが鍋肌に張り付きフィルム状になった(羽根つき餃子の羽根みたいな感じ)。
色の浸透はウールよりも早いが、精練済みのものよりも遅い。浸透する前に染料同士が混じってしまうため、色が濁りがち。
乾燥させてみるとカピカピのゴワゴワで、この状態から紡ぐのは無理。ハンドカードできない。
またこれを精練すると、繊維まで到達できなかった(セリシンだけを染めていた)染料が抜け落ちる。ピンクや黄色が特に色落ちした。
・精練済みを染める
精練済みのものは「じゅうっ」と染め液を吸うのでウールよりも濃い色に染まる。発色は鮮やか(色が混じる前に繊維に吸われて定着している感じ)。
精錬未精錬どちらも「一度に複数の色を落とす多色染め」で起こった現象なので、染め液の量が多い(染め液の中で糸や繊維を泳がせる)単色染めの場合はまた少し事情が異なるかと思われる。
結論:染色するなら事前に精練
<<カード掛けについて>>
手紡ぎの場合、洗いや染色をした後に繊維の方向をそろえる「カーディング」という作業が必要になることが多い(十分に繊維がほぐれている場合はカードしないこともある)。
未精練・未染色:ほぐれているのでカードの必要なし。そのまま紡げる。
未精練・染色済み:一度溶けたセリシンが再付着してがっつり繊維同士が固まっており、ハンドカードは無理、歯が立たない。
精練済み・未染色:羊毛に混ぜてドラムカーダーを4回かけてみた。ハンドカーダーほど解せないがダマは残る。
精練済み・染色済み:ハンドカーダー頑張ったが、かなり辛い。手間をかけて解してばらしたけれども、ダマが凄く残る。
結論:繭毛羽単体で糸を紡ぐ&染めるなら、精練しないで紡いだほうが楽できれいな糸になる。
精練、染色するとどうしても繊維が固まって「ダマ」ができる。
<<未精練のままで使うかどうか>>
毛羽のセリシンは酸性の染め液に浸しても溶けだすので、おそらく「洗う」ために水に浸しただけでも溶け出して「糸や布の風合いが変わる」ことが想定される。
毛羽のみを使った織り編み作品であれば(「洗うと変わる」ことを前提で作るならば)OKと思うが、他繊維と組み合わせる場合は「他の繊維にもセリシンが再付着し、糊付け状態になる」ことを頭に入れておいたほうが良い。
(※シルクオーガンジーなどはあえて糸や布を精錬せずにセリシンを残して糊付けし、ハリコシのある生地に仕上げると聞く)
羊毛はぬるま湯の中でいじるとフェルト化してしまうので、羊毛+未精錬繭毛羽の混紡糸はちゃんとセリシンが洗い流せるかどうかわからない。
結論:羊毛と組み合わせて使う場合は、あらかじめ精練しておいたほうが良さそう
その「あらかじめ」が毛羽を糸にする前か後か、は作りたい糸による。
精練&染色してから紡ぐか、紡いで糸にしてから精練&染色するか。
多色染めの場合、前者は色が入り混じって複雑な色になるが色が濁りやすく、後者ははっきりくっきりとした色の移り変わりになる。
参考資料
今回オンラインで読むことのできる以下の2件と、日本真綿協会が発行した「真綿と紬」(平成15年発行、おそらく非売品)を参考にしました。
特許公報より。
http://www.ekouhou.net/%E7%B2%BE%E7%B7%B4%E6%96%B9%E6%B3%95/disp-A,2007-84947.html・リンク切れ
「過精練になることなく、セリシンを完全に除去することができる精練方法」、従来のアルカリ精練ではなくpH1~2の酸性精練液を使っての精練方法についての特許申請で、前段でいくつかのアルカリ精練方法を説明しています。申請している「酸性精練」がいかに素晴らしい技術なのかアピールするためか、従来の方法の問題点や短所が記載されております。(%などの掲載はありません。)
これを読むと「うーんどの方法も一長一短…」という感じですが、大前提として「精練対象は生糸ないし繭」で「一度に大量の処置を行う工場向け技術」なので個人でやる分にはそこまで神経質にならなくとも、という気もします。(ただ情報を得ておいて損はないかな、と)
https://core.ac.uk/download/pdf/45286705.pdf・リンク切れ
大阪市立大学家政学部による絹染色についての論文。染色前の徹底的な精練のデータが載ってます。
あくまでも主目的は「染色」なのですが、前段の試料準備段階で精練の手法、%など詳細に掲載してあります。過精練の判定計算式もあるのですが、あらかじめ「完全精練」の数値が必要なので、個人で使う分にはそこまで考えなくてもいいのかな、と。(そもそも「完全精練」の判定方法が素人には難しい…)
データここまで。
アシザワ養蚕さんについて
アシザワ養蚕さんは山梨県で150年続く養蚕農家です。
六代目の芦澤洋平さんが精力的に活動をされています。
アシザワ養蚕HP:https://ashizawa-yousan.jimdofree.com/
X(Twitter):https://x.com/asizawa_yosan
Instagram:https://www.instagram.com/asizawa.sericulture/
もともとは「素材博覧会」というイベントで「アシザワ養蚕」さんと「ひつじや」がお隣だったのが御縁でした。
これまでなかなか活用方法が見つからなかった「繭毛羽」、なにかおもしろい使い方ができれば、と思っています。